人生に生きがいがなく、消化試合にしか感じられない。
そんな悩みを解決します。
目次
自分の人生に誇りを持っているか
自分が生きていく中で、どういう誇りを胸にしまっているのか。
その感覚は、自分自身との話し合いによって体感として得られる。
自問する中で、自分の心と正直に向き合う機会を得られるようになっていく。
その機会は誰かに作ってもらうんじゃなくて、自分の意思で作り上げていくもの。
自分で気がつくチャンスを得られれば、そこから人生で見える景色は見違えてくる。
どういう人生の景色を見るかは、自分の気持ちでいつでもコントロールできる。
自分の今が、自分にとって誇れるものであるかは自分で選択できる。
社会の常識で自分の誇りを潰すより、自ら自分の誇りを高らかに掲げていきたい。
どういう道を歩んでいきたいのか
自分がどういう人生を歩んでいくか。
その問いかけをし続けることで、自分が生きることを知れるようになっていく。
自分だけの世界観だけを頼りにしないで、もっと世界に目を向けていこう。
自分で感じられる事は、自分の頭と心の中でしかない。
自分以外の世界には、まだ無限に広がっている。
その多様な価値観を知ることで、自分の行きたい理想の世界が描けるようになる。
世界と言う広いフィールドから、自分が積極的に学び続けることが大切。
今の現状に満足してしまえば、そこから新しい世界が広がる事はありえない。
常に学びの姿勢を持ち続けることが、自分が生きたいように生きられるようになる。
自分で歩んでいく道を、自分で切り開いていくことが必要な時代である。
自分で納得する人生を歩もう
自分の人生がただ何となくやり過ごすだけになっているなら、ちょっとずつ視点を変えてみよう。
生きる事は自分にとってどういうことなのか、そこを深い思考と感覚で突き詰めていくことで、今からの人生を劇的に変えられる。
何となく過ごす日常だけが、本当の人生とは限らない。
本当の自分の人生は、まだ見えていないだけかもしれない。
どういうことがあっても、自分が納得する瞬間を生き続けよう。
どんな感情になれば自分が納得するのか、その問いかけを日々忘れないことが大切になる。
残された時間は短いから、「消化試合」の人生を生きるのはもったいない。
まとめ
自分がどういう感情で行きたいのか。
その人生の生き様は、自分自身でいつでも決めることができる。
どういった感覚であっても、それは自分で選び取れる時がある
人生を「消化試合」として捉えているだけでは、そこからの進展は何も得られない。
自分で行きたい人生があれば、それに向かって日々勉強を積み重ねていこう。
それでこそ、自分が求める理想を掴みとれるようになる。
生きている心地がしない
— むぼうらくじ / 人生の探求者 (@mubou_rakuzi) 2020年6月2日
それは自分の人生の可能性を限定しているから
感性の幅を広げることで、人生を充実したものに変化できる
生きる面白さを自分で限定することで、普段感じる景色は、実に味気ないものになる
自分の感覚を研ぎ澄ませれば、人生に沢山の気づきを得られるようになっていく
最後までありがとうございます!