人間社会が世の中の全てだと思ってしまう。世の中を広く見る視点を持ちたい。
そんな悩みを解決します。
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今回は、自然と共に生きる感覚についてご紹介します。
人は自分たちが世界の中心だと感じて生活しています。
ただ、実際には、壮大な自然の中で人は生かされている事実があります。
今の社会は多様な側面で近代化していますが、一度、自然との関わり方を見直す必要があります。
この記事を読むことで、自然と共に生きる考え方に触れることができます。
それでは、早速ご紹介していきます。
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自然の存在
今まで人間は、自然を都合よくコントロールしようとしてきました。
しかし、制御しようとしたからこそ、現代に生きづらさが足音を立てて近づいてきています。
自然と現代のアンバランス
人類は豊かさを追求するあまり、自然の存在を蔑ろにしています。
近代化を推進するために、自然を最大限に利用する必要があり、多くの破壊を繰り返してきました。
その過程が行き過ぎた結果、人は自然との関わり方を忘れてしまっています。
自然に傲慢に振る舞うことは、人々の幸せを排除するリスクをはらみます。
人間が傲慢になってはいけない考え方は、下記の3つです。
①自然があってこそ、人は進化してきた
②人ができることは限定的である
③自然との調和を意識する
自然があってこそ人は進化した
自然の存在に触れることで、人が人として暮らしを営むことが可能になっています。
その反面で、自然の存在を軽薄なものとして受け止めがちになりました。
身近な存在である自然を淘汰する姿勢は、人の幸せを遠いものにしています。
日常から身近な自然に触れることが、人が生きる喜びとなっていきます。
人ができることは限定的である
自然を前にして、人ができることは非常に限定されています。
そのように、人間の存在は自然があってこそ初めて語ることができるのです。
人間は決して全知全能ではないことを、改めて自覚する必要があります。
自然との調和を意識する
人が傲慢に生きることは、自然の存在を重きを置かないことになります。
そうなってしまえば、人の心にゆとりを作ることが難しくなり、現代の忙しさに忙殺されることを意味します。
厳然と存在する自然。
ありのままに存在する自然のあり方は、現代を生きる人々が見習う部分があります。
まとめ:自然と人のあり方を考えることで、生きることを感じていこう
今回は、自然と共に生きる感覚についてご紹介しました。
人は自然の中で生きることが、人類の発展につながってきました。
その基本を忘れることなく、人としてできることを考え直す必要があります。
人類が傲慢になった瞬間に、人は自然の恵みから突き放されることになります。
人は自然と共に生きることで、人として生きていけるのです。
今回は以上です。
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